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株)風向のカタマランヨット来島 [町起こし]

株)風向さんのカタマランヨットが笠島港(丸亀市本島町笠島)に
お客様をお連れ下さいました。

風向は、高松を拠点に、瀬戸の島々の人、宿、食など、独自のネットワークを持ち、
カタマランヨットを使ったクルージングで特別な旅を提供しています。
時間に追われて島々を駆け巡る観光とは趣を異とし、
最高にラグジャリー気分の観光が提供されます。
いわゆる着地型観光と呼ばれるスタイルです。

私はこのコンセプトに賛同し、本島クルージングの際は
全力でおもてなしさせていただいています。

双頭船で揺れの少ないカタマランヨットが到着しました。
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サンセット クルージングに出港します。
この日は、小島越しにまんまるな太陽が沈み最高でした。
NCM_0609S.jpg


千石船三十分の一模型を展示 [町起こし]

千石船の模型を塩飽本島観光案内所に展示しました。
全長50cmほどの小さな小さな模型です。
江戸時代に江戸と上方間を走っていた樽廻船をベースにしたキットですので、
塩飽水軍の中核をなした北前船とは若干様式が異なりますが、
弁才船という範疇には入っていますし、
樽廻船にも塩飽水夫は乗り組んでおりました、ということで、
細かいことにはこだわらないで下さい。(^_-)

NCM_0580Small.jpg

DSC_1830Small.jpg

昔の山はマツタケに適した環境だったのです [町起こし]

NHKのいのちドラマチックという番組でマツタケのことをやっていました。

昭和40年頃、マツタケの収穫量は1万5千トン程で、現在の500倍もあったそうです。
実際、子供の頃には毎年食べることができていました。

赤松は痩せた土地を好みます。
マツタケというのは赤松の根と栄養を補給し合って共生するのです。
腐葉土が積もり富栄養化した土地では、他の菌に負けて生きていけないのです。

子供の頃の島の山は、御影石が風化した砂土に覆われ、松だけが生えていました。
ですから道が無くても山全体が遊び場所でした。現在の山は雑木林となり、羊歯に覆われ
道以外には足を踏み入れることができません。

本島には歴史ある神社が数多くあり、どの社にも樹齢数百年の松があって、
神社らしさを醸し出していました。大人になって島を離れ、ある時帰省すると
松が枯れてしまい、すっかり気が失せたように感じてショックを受けました。
山は季節外れの紅葉のように、松が赤茶けて枯れていました。

原因の一つは、日本の燃料革命だそうです。燃料がプロパンガス等の化石燃料に変わり、
薪を採らなくなったせいで腐葉土が蓄積し、松は生きていけなくなったのです。
そしてマツタケも消えていったのです。

マツタケの人工栽培は未だ成功していないとのことです。
一方、マツタケを復活させるNPOがあり、松以外の木を伐採し、
腐葉土を掃きとると、マツタケが出てきたそうです。

ほんじまの山も、松を復活させたい、白砂青松を取り戻したいものです。
「マツタケを採ろう」が、素晴らしいキーワードかもしれません。

また神社には、耐性松か、楠か、銀杏を植えて、
数百年先には気の宿った神社にしたい-そんなことを考えさせられた「いのちドラマチック」でした。

【松が枯れ、雑木林となり、腐葉土のある土地ではマツタケは採れない】
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